研究の背景

 近年、国内外において自然災害の頻度や規模が増大している。自助、共助、そして公共の支援やその後の復興を促進するため(公助)に、完成度の高い情報網と安心・安全の仕組みを構築する必要がある。そこには地域連携の仕組みが必要だが、非常時への備えという防災のみでは社会的波及効果が薄いことも事実である。平常時と非常時を連動させるために高齢者・子どもの見守りを合わせた仕組みが求められている。

 このような社会的状況において、近年、宗教界が対応している。東日本大震災の際に宗教者の対応は迅速であった。現地へ先遣隊を送り、宗教界全体が安否確認・救援活動へと動いた。被災地では100以上の宗教施設が緊急避難所となり、数十人から多いところは数百人の被災者が3ヶ月以上にわたり避難生活をした。宗教施設には「資源力」(広い空間と畳などの被災者を受け入れる場と、備蓄米・食糧・水といった物)があり、檀家、氏子、信者の「人的力」、そして、祈りの場として人々の心に安寧を与える「宗教力」があった(稲場圭信・黒崎浩行(編)(2013)『震災復興と宗教』明石書店)。

 そして、東日本大震災を機に被災者支援をする宗教者の中から立ち上がってきた臨床宗教師の取り組みがある。臨床宗教師とは超宗派を基本とし、布教を目的とせず、病院など公共の場で悲嘆や苦悩を抱える人々の心のケアをする宗教者である。臨床宗教師の育成は、東北大学実践宗教学寄附講座が2012年度よりはじめ、その後、他大学にも研修機関が広がり、2016年2月には日本臨床宗教師会が発足している。このように宗教者は災害時の経験をもとに平常時も含めた寄り添い支援を続けている。

 しかし、このような宗教者の社会参加においては、宗教施設と宗教者が社会連携できない事態が生じていることも明らかになった。災害時に緊急避難所となった宗教施設に行政からの物資が届かなかったりした。研究代表者は、自治体と宗教施設の災害時協力や災害協定に関して、政令指定市の区を含む全国1,916自治体(市区町村)の全数調査を2014年7月に実施し(科研基盤(A)「宗教施設を地域資源として地域防災のアクションリサーチ(2014年~2018年度:代表:稲場))、1,184(回答率62%)の有効回答を得た。本調査で協定締結と協力関係を合わせると災害時における自治体と宗教施設の連携は自治体数で303、宗教施設数で2,401にものぼり、2,103の宗教施設が自治体から避難所指定されていることがわかった。また、東日本大震災後に自治体と宗教施設の災害協定の締結が増加していることも明らかになった(稲場圭信「自治体と宗教施設との災害協定に関する調査報告」『宗教と社会貢献』第5巻第1号2015年4月,71-86頁)。

 このような調査結果にもかかわらず、政教分離原則があるから宗教施設を避難所指定することはできないといった解釈の相違が防災の専門家の中にも存在した「災害時に宗教施設利用、急増 303自治体、指定避難所に 阪大研究室調査(朝日新聞2014/10/26)」。一方で、災害時に社会福祉協議会が設置する災害ボランティアセンターの運営を宗教団体がサポートしたり、宗教施設の敷地内に社会福祉協議会の災害ボランティアセンターが設置されることもあった(稲場圭信(2017)「東日本大震災から熊本地震へ」国際宗教研究所『現代宗教2017』177-198 頁)。東京都では災害時の帰宅困難者対策で東京都宗教連盟と連携する動きがみられる。しかし、すべての宗教施設・宗教者が災害支援や防災で協力的なわけではない。諸事情で協力ができない場合もある。平常時の社会参加についても同様である。したがって、本研究の学術的問いは、どのような条件・環境で宗教施設や宗教者は行政やパブリックセクターと災害時協力が可能となるのか、平常時の見守りなどで協働するのか、ということである。

 

災害救援マップ

 各地域の防災の取り組みとしての防災マップは存在するが、全国の指定避難所および宗教施設を集約したマップは存在しなかった。2012年11月、大阪大学・未来共生イノベーター博士課程プログラム(文部科学省採択)の一環として予算がつき、研究代表者が責任者となり、全国の指定避難所および宗教施設、合計30万件のデータを集積した「未来共生災害救援マップ」を構築した。